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成功し、継続する、そこは、やはり、「人」でした。

富士吉田の取り組みは10年以上前から始まっており、それが現在も消えることなく続いています。そこに関わる、キーパーソンから5人の方にお話を聞くことができました。

  • 五十嵐哲也氏(山梨県産業技術センター・富士技術支援センター 主任研究員)
  • 高須賀活良氏(ハタオリマチのハタ印 総合ディレクター)
  • 高須賀文子氏(株式会社トリッキー代表取締役)
  • 毛利朋子氏(株式会社トリッキー取締役)
  • 家安香氏(TREND UNION日本支店代表)

メーカーの受注生産地として、受け身の体制でやってきた街から、自ら発信する能動的に動く街へと変化するにはとてもエネルギーが必要でした。外部のテキスタイルデザイナーやファッション専門家のアドバイスなどありましたが、そこもやはり「人」。富士吉田の職人さんたちのマインドを変えてくれるデザイナーとの出会いがあったようです。

そこから様々なコラボ商品やオリジナル商品などが生まれていき、その器として「フジヤマテキスタイルプロジェクト」、「ヤマナシハタオリトラベル」、ビッグイベントの「ハタオリマチフェスティバル」、富士吉田市が発信する「ハタオリマチのハタ印」などが現在でも続いています。

印象的だったのが、コラボや外部のデザイナーのチカラなどではなく、あくまで商品が売れることを意識して商品企画を始めることでした。ハタオリ街だからプロダクトアウトの考えで物を作ると思いきや、きちんとマーケットインの考えで商品を生み出しています。

限られた時間の中だったので、もう少し深くお話ししたかったのですが、その5人キーパーソンのうちの高須賀活良さんは、もともと産学連携で組んでいた東京造形大学の生徒で、富士山テキスタイルプロジェクトに参加する学生としてのポジションだったようです。そこから富士吉田熱が高まり、そこに暮らし、今ではプロジェクトの中心メンバーとなっています。
そのような「人」の循環が工芸の未来には欠かせないキーストーンだと感じています。

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